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完璧主義な私が少しだけ楽になった理由

はじめましてnomeyuです。

 

私は完璧にできないのに完璧主義です。

 

昔から目標を決めても達成できないことのほうが多いです。

というか、目標に向かってコツコツ取り組むことができないのです。(久しぶりにまとまった文章を書くのでなんと表現すればいいのかわからないのですが)最初から100%をこなすという目標を作ってしまい、取り掛かるのが気が重くてできないのです。

 

たとえば、テスト勉強。

テストの出題範囲は決まっています。勉強しなきゃいけないところはそれで大体わかります。そして勉強計画を立てます。そこまではいいのです。

 

しかし、いざとりかかるとなり、一日二日は達成できても、人間なので(そして私はものすごい気分屋なので)できない日が出てきます。そのできない日が発生した後が困るのです。

できないことに対して自分の自己肯定感が下がり引きずってしまい、欠けたものばかりを見てしまい、前に進むことができません。思い通りにいかないと雪崩のようにやる気が崩壊してしまうのです。

また、教材には、一章、二章と順番があります。私はいつも一から順番にやりたくなってしまい、順番にやっていく中で、この章は興味がなくてやる気が出ないなとか、わからなくて躓いてしまうと、もうそこから動くことはありません(笑)。

 

一歩進めたらそこで自分を認めてあげる。できないとこはとりあえず保留にして次をやってみる。この初歩的なことができないのです。

 

これは何事においても言えます。勉強、家事、趣味、人間関係、仕事すべてにおいてです。

 

この状態で生きるのって結構しんどいです(笑)。

いつも、たまーに出る大きなやる気の波に乗り、なんとか必死に生きてきました(笑)。

完璧にできないのに完璧主義に囚われてしまうことによる苦しみは大きなものです。

 

しかし、これじゃあ生きていけないと気づき、数年前からやっと動き始めました。いろんな人に相談してみたり、いろんなことを試してみたりして、0を1にできればそれでまず自分を認めてあげる。また、タスクを細かく分割してみる。など、私の特性的にものすごくしんどいことなのですが、本当に少しずつですが楽になってきている気がします。

 

この過程で、家族にかんしゃくを起こして縁切られるスレスレまでいったり、アドバイスをくれた人を拒絶して同じ失敗を何度も繰り返したりなんてざらなので、本当に手に負えなかったと思います。それでも見捨てずにいてくれた周りの方々と、自分に向き合い続けた自分にトロフィーをあげたいです(笑)。それでもまだまだなのですが、よくここまでこれたなあ(笑)。

 

いまだに難ありの特性を持っている自分がいますが、そんな自分も素直にさらけ出し、失敗したら底の底まで落ち込み、そのあと失敗の原因は何か誰かと一緒に考え、できないことは謙虚に助けてもらい、そのあとは笑いに変えて前を向いて生きています。自分の特性とうまくお付き合いができたらいいですね。

 

前よりも「幸せだなあ」と思える瞬間が増えてとてもうれしいです。

 

ブルービートの通所も、五か月目を迎えられて、無理なく続けていられることが私の中ではとても良いことです。支えてくださってる皆様、本当にありがとうございます。

 

これは私が描いたカモノハシちゃんです。